自己紹介

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仲谷洋介(suuming) /1974年生まれ。八白土星。乙女座。広島県広島市出身。大阪芸術大学・大学院卒。Scenic Art Painter。 大衆演劇の小屋付きを経て、舞台美術・商業美術の世界へ入る。 2014年、仲谷画房として独立。 現在、大阪と篠山を往き来しながらの画業継続中。 2016年4月より、丹波篠山・三熊の自宅にて、月1~2回の絵画教室*suuming art school*を開講します。

2017年2月19日日曜日

*Suuming's Library #2*



僕の暮らす丹波篠山出身の河合隼雄さん。

日本に於ける臨床心理学の第一人者にして、文化庁長官を長きに渡り務められた方ですが、今からちょうど10年前の2007年に逝去されて居ます。

今まで河合さんの本は何冊か読みましたが、その中でもとりわけ面白かった本が「中空構造日本の深層」(1982)です。

この本の内容を簡単に説明するとしたら、日本は「からっぽ」なのかも知れない。とする氏の推論が、日本の古代神話、主に「古事記」を題材にして展開されて居る。と言えます。

河合さんは古事記を読んで、何故そのように感じたのか?という着眼点と言うか見抜きどころが実に面白い。

原初日本の成り立ちを語る古事記にはたくさんの神々が登場します。まず河合さんはその神々の持つ物語的役割に注目しました。

例えば、天地始まりに現れた神、アメノミナカヌシとタカミムスヒ、カミムスヒの三神。
タカミムスヒとカミムスヒには後につながる物語的役割が与えられているにも関わらず、天の中心とされる神、アメノミナカヌシは現れてすぐに何処かへ消えてしまう。
つまり、本来ならば中心的存在と言ってもよいはずのアメノミナカヌシには何も役割が与えられて居ないのです。

また、有名なイザナギ、イザナミの神から生まれた三神である、長女アマテラスと長男ツクヨミ、次男のスサノオが居ます。
古事記の中では、長女アマテラスと次男スサノオに関する物語がメインに展開するものの、やはり真ん中に居るはずのツクヨミに関する物語はほとんど語られて居ません。

同じくして、ニニギノミコトとコノハナノサクヤヒメとの間に生まれた三神は、海の神(ウミサチ)のホデリとホスセリ、そして山の神(ヤマサチ)のホヲリですが、ツクヨミ同様、真ん中に居るはずのホスセリに関する物語は皆無に等しい。

つまり、古事記に登場する神々に於ける、この「真ん中の無為性」に河合さんは気がついた訳です。

この事に就いて氏は、日本神話に於ける中空構造と呼んで居ますが、この真ん中の存在、語られる訳でも無く、だけど居ない訳でも無いという、有るようで無いような、仏教で云うところの「空(くう)」のような存在が、神話のみならず日本(人)の社会構造や文化構造にも組み込まれて居るのではないかと推察して居る訳です。

言われてみれば、この事は日本人のメンタリティーや美意識にも滲み出て居るような気もする。

例えば、常に控えめなところ、物事をハッキリさせないところ、白黒を分けたがらないところに立ち、それを「わびさび」や「奥ゆかしさ」という美意識にまで高めた日本人。

一見どっちつかずでアイマイな立場をとって居るように見えて、実は、真ん中を空っぽにしておく事で双方のバランスを保って居るとも考えられるし、そう考えれば、一言で中空と言えども、その真ん中にある無為性には、実は何かを生み出す途轍もないエネルギーが秘められて居るのかも知れない。と捉える事も出来るのではないか。

ここで気になるのは、このような中空構造を、当の日本人が意識をして構築して来たのかどうか?ですが、
これを河合さんは、無意識であると見て居ます。
つまり、無意識だからこそ、その中空性は維持されて来たとも言えるし、無意識だからこその危険性もあると。

河合さんはこの論末に於いて、中空構造の危機に就いてこう説明して居ます。

今まで何かを真ん中に据えた事の無い日本の中空構造に於いて、もしも何ものかが侵入して来た場合、当然ながら日本の中空均衡型の構造は崩れてしまう。
父性優位とも母性優位ともつかない、常に全体的均衡と、調和を重要視する日本に於いて、その中空、真ん中に、相対的且つ、白黒切断型の強烈な西洋的父性の侵入を許した時、それが日本(人)にとって一番の危機となるだろうと。。。


これからの日本人の歩むべき道には多くの課題や問題はあるものの、この中空構造性を意識的に捉えなおした時、二元論に陥りがちな世界観にまた新たな方向性を開く一つの道が現れるかも知れないと僕は思って居ます。













2017年2月7日火曜日

*Suuming's Library #1*




高校を卒業するまで、僕にはほとんど本を読んだと言う記憶が無い。それは自発的にと言う意味で、子供の頃の読書感想文などは半ば強制的であって、僕には苦痛と言う以外の何者でも無かった事を思い出す。
そんな僕にも、本を読む事の楽しさと有意義さの発見の時期が訪れた。
それは僕が大学2回生の時。ある友人から、一冊の本を勧められた事がその始まりであった。
その本とは、ドイツの児童文学作家、ミヒャエル・エンデの代表作「はてしない物語」である。
恐らく一般的には、この本を小学生から中学生くらいに読まれた方がほとんどかと思うが、僕は22歳になって初めてその存在を知ったのである。

僕の読書遍歴は、まさにエンデの「はてしない物語」によって始まった。詳しい事に就いての記述は、今回は控えたいと思うが、この一冊によって僕の青春時代は大きく変貌し、大学院で文芸学を専攻するまでに至ったと言えば、その衝撃と影響力がどれほどのものだったのかは想像つくだろうと思う。
その時期そこで見つけたもの、それは得体の知れない何かであった。いや、その片鱗であったと思う。つまり、人間のこころと森羅万象とを結びつける「何らかの存在の気配」を感じたと言った方がいいかも知れない。

それから今現在に至るまで、それはリアルな現実世界に於いて、思考の範疇に於いて、そして感覚の範疇に於いて、その得体の知れない何らかの存在への探究は、まさにはてしない物語の、メービウスの輪の様にグルグルと回り続けて居るのである。

僕にとっての本を読むと言う行為は、そのメービウスの輪上を駆ける為の、知的燃料とも言える。このはてしのない道程の途上には、要領も無駄も無い。ただ、信じるままに進むしか無いのだ。
その途方も無い未知なる旅の魅力に取り憑かれたら、もうそこから外れる事は出来ない。それは、その得体の知れない何らかの存在が、生きると言う事に密接に関わり合って居るからである。
その事は所謂、西遊記にも似て居て、西遊記に描かれる物語には、尊い教えが天竺に存在して居ると言う前提と、それを求めて旅をする過程が描かれる。その前提と過程との間には「生きる」と言う大前提が問われて居る。当然の事ながら、生きて居なければ天竺へは行けないし、生きて天竺へ辿り着いたとしても、本当に尊い教えがあるかどうかなんて誰にも分からないのである。
何れにしても「生きる」と言う道程の中にこそ、天竺はあり続けると言う事だ。
旅立つかどうかは人それぞれだが、僕はやっぱり、得体の知れない何らかの存在と云う天竺を目指して居る事は間違いない。

2017.02.07.tue / suuming.



2016年5月9日月曜日

*絵画教室・5月の開講日*

GWも開け、大阪での仕事から篠山に帰って来て一息ついて居るところですが、この5月は仕事の他に、田植えやら伸び盛りの草刈りやら、何かと忙しい月です。
とは言え、今月も時間がある限り絵画教室は開いて行こうと考えております。

☆5月の絵画教室開講日☆

*日時 / 5月15日(日曜日)・22日(日曜日)・29日(日曜日)の計3回を予定しております。時間帯は、いずれも13:30~16:00までの間、いつ来られても結構です。
*持ち物 / 3回共に絵の具を使いますので、汚れても構わない服、もしくはエプロンをご持参下さい。
*追伸 / 3回とは言え、毎回完結の内容ですので、毎回来られても、1回のみでも問題ありません。

以上を予定しておりますので、お時間ございましたら是非ともお越し下さい。

*暦の上では立夏に入って居ます。夏の気そろそろ立つなり。とは言え、季節の変わり目、体調管理にお気をつけ下さい。*

2016.05.09.mon / suuming.








2016年4月17日日曜日

*絵画教室、開講!*

本日予定通り、第一回目の絵画教室を無事に開講する事が出来ました。ここまでご協力いただいた皆様、そして本日お越しいただいた皆様、誠にありがとうございました。
今日は子供たち8人と、大人の方が2人、総勢10人が参加されました。
(写真は一応、モザイク処理させていただきました。)

今日は、鉛筆デッサンをしようと考えて居たので、モチーフを白色のものにしようと、子供たちにはタマゴ、大人の方にはニンニクをそれぞれ描いてもらう事に。

鉛筆の濃淡のみで白いモチーフを描くのは難しいのですが、基本と言えばそれが基本となります。
難しいかも知れないけど、取り敢えず目の前にあるタマゴをよく観察して描いてみる。今まで何気なく知って居たタマゴを、多分今日はじめてじっくり観察しながら描いたのではないでしょうか?
きっかけは、それでいいのです。
絵を描く事を通じて、今までとはものの見方が変わる。これが大事な事だと思って居ます。
タマゴは、真っ白では無い。輪郭の楕円形が難しい。観察すれば、細かな表情がある。何処かに置けば陰が出来る。まずはそれを知るだけで充分なのです。

大人の方は、試行錯誤しながらニンニクを描かれて居ました。さすがに子供たちより、集中力もあり画力もありますが、モノを見ながら一定時間それを描く事なんて、普段の生活の中ではそうそう出来る事ではありません。
その意味でも、よい時間を過ごせたのでは?と感じました。

今日は僕にとっても初めての体験でしたので、いろいろと反省するところもあり、発見するところもありで、僕自身とても勉強になりました。やってみなければ分からない事はたくさんあります。参加された皆様、ありがとうございました。

さて、次回の絵画教室の開講日は、4月24日(日曜日) / 13:30~16:00の間となっております。お時間ございましたら是非お越し下さい。よろしくお願いします。

2016.04.17.sun / suuming.







2016年4月4日月曜日

*絵画教室・4月の開講日*

Suuming Art School・4月の開講日が決まりました。

☆日時 / 2016年4月17(日曜日)*13時30分~16時の間。
☆場所 / 仲谷画房。
☆持ち物 / 鉛筆など、使い慣れたお絵描き道具(あればで構いません)。
☆内容 / デッサン。

*のんびりやろうと思いますので、気楽にお越し下さい*

ところで、僕は今仕事で大阪に出て居る最中なのですが、その間に同じ住む村に住むMちゃんに広告を作成していただきました。

いいですね〜。オシャレじゃないですか?僕はとても気に入って居ます。ちなみに、写真の男は僕ですが、スーツは年に一度着るか着ないかのレアスナップです。Mちゃん、どうもありがとうございます。

僕も家族の協力で、教室の準備を整えて来ましたが、これがまた難しいものです。とりあえず、最低限の準備を整えて、気づきの足りないところは、後は現場に教えて貰おうと考えて居ますので、よろしくお願いいたします。

大阪は今、雨が降って居ます。この雨が上がれば、桜も満開になるでしょう。どうか、花もココロも満開のお花見を…。

*今日は節入り、清明です*
草木の芽発生して、何の木何の草と明らかに知り得る故の清明だそうです。

2016.04.04.mon / suuming.











2016年3月25日金曜日

*4月より*

今となっては、いつからやり始めたか分からなくなってしまうほどほったらかしにして居たブログをリニューアルしました。
3年ほど前に、大阪から丹波篠山へ移り住んだ訳ですが、篠山と言ってもところと違いがあって、僕が居るのは篠山の東端、ほぼ京都との境のあたりの大芋(おくも)と呼ばれる地域。
家族5人で古民家を借りたものの、家を修復しながらの生活が今なお続いて居ますが、ここに来てから丸2年、ようやく直した部屋の方が増えて来ました。
なんとか他人様に見られても大丈夫な具合になって来たのもあり、兼ねてから僕の娘に絵を教えようと考えて居たのもありで、それなら地域の子供達から大人まで一緒でいいんじゃないかと、絵画教室・suuming art school を開講する事にしました。

*Suuming Art School*
~絵画教室・生徒募集のお知らせ~
絵を描く事の楽しみ、その表現方法の工夫を一緒に見つけてみよう。

*開講場所/兵庫県篠山市三熊98・仲谷画房・079-506-1061

*開講日/毎月不定期1~2回、土日いずれかの13:30~16:00の間。*詳細は、ブログ、telにてご確認下さい。

*内容/デッサン・模写・写生・水彩・自由研究などなど。

*対象/幼稚園年長から大人まで。

*料金/1回・1000円(小学生以下無料・基本材料費込)

*持参物/鉛筆や絵具・色鉛筆など、使い慣れた絵描き道具があればご持参下さい。

皆さまのご参加をお待ちしております。

*今日は電気記念日です*

2016.03.25.fri / suuming.